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『THE TEAM 5つの法則』は組織内の「常識の違い」を乗り越えるためのツール #THETEAM #エンジニアリング組織論への招待

5/9 にリンクアンドモチベーションで開催された、『THE TEAM』と『エンジニアリング組織論への招待』のコラボイベントに参加してきたので、そのレポートです。

connpass.com

僕はどちらも読んでいて、特に『エンジニアリング組織論への招待』を書いた広木さんの語り口の鋭さはとんでもないなと思っていたので、面白かったけれど個人的にはやや消化不良感もあった『THE TEAM』著者の麻野さんとどういう話をするのか、だいぶ楽しみにしていました。

イベントの流れ

イベントはパネルディスカッション方式で、『THE TEAM』に示された「5 つの法則」のうちの 3 つについて、それぞれ麻野さんが語り、広木さんがコメントを差し込んで膨らます、といった流れで進みました。

モデレーターは、広木さんと同じレクターの松岡さん。

  • Aim(目標設定)の法則
  • Boarding(人員選定)の法則
  • Communication(意思疎通)の法則
  • Decision(意思決定)の法則
  • Engagement(共感創造)の法則

これら 5 つのうち、Aim、Boarding、Decision の 3 つを BAD の順に取り上げて話していくスタイルでした。

パネルディスカッションの様子

イベントに参加されていたおかしんさんという方が、なんとイベント全体の書き起こしを公開されていました。すごい!!

note.mu

ということで、ディスカッションの中身はこちらを見ていただくのが早いし正確です。

以降、この記事では、ディスカッションの中で僕が特にティンと来たところだけピックアップしてご紹介していきます。
一部発言については、こちらの書き起こしから引用させていただきます。

「Boarding の法則」の 4 象限モデルは、「常識」が異なることを前提として対話するために使える

『THE TEAM』の「Boarding の法則」は、縦軸に「環境の変化度合い」、横軸に「人材の連携度合い」を取った 4 象限のモデルで説明されています。

環境の変化度合いに応じて「流動的なチーム」か「固定的なチーム」かを決めたり、人材の連携度合いに応じて「多様性」を重視するか、「均質性」を重視するかを決めたり、といったことです。
この議論自体には納得感があって、わかりやすく整理されていると思います。

でも、僕がこれを読んだとき、「自分たちが 4 象限のうちのどこにいるかって簡単にはわかんなくね?」って思ったのです。
それがわかれば苦労しないと。

DataSpider が置かれている「環境の変化度合い」は?

たとえば、僕が会社で作っていた DataSpider という製品について言うと、環境はまあまあ変化します。

「データ連携」の製品なので、当然さまざまな連携先があって、需要も変動します。そもそもソフトウェア製品なので、ソフトウェア技術の変遷の早さの影響もあります。環境の変化度合いは、大きそうです。
一方で、DataSpider はエンタープライズ向けの製品で、新バージョンを 1~2 年に一度リリースしてはいるものの、ユーザによっては数年に一度しかバージョンアップを行わないこともあります。

これは環境の変化度合いが大きいでしょうか、小さいでしょうか?

また、「環境の環境(ここでは、仮にメタ環境と呼びます)」自体も変化していきます。
(日本における)データ連携の世界は、今はまだオンプレミスに基盤を置く方が主流で、前述のようにユーザによるバージョンアップの頻度も必ずしも高くないですが、世界に目を向けると、iPaaS と呼ばれるクラウドサービスでの提供が主流になりつつあり、クラウドサービスなのでもちろんアップデートも随時行われます。

このように、世界における「メタ環境」と、現在の日本の「メタ環境」とでは、「環境の変化度合い」も異なります。
さて、我々がいるのは日本でしょうか、世界でしょうか。その両方でしょうか。

そういうことを考え始めると、我々がいるのは結局どこなんだ? ということがわからなくなるのでした。
「人材の連携度合い」についても、同じようなことが言えます。

エンジニアはエンジニアカルチャーがすべてに適用できるんじゃないかって錯覚しがち

そういうモヤモヤ感を持ちながら聞いていたら、広木さんがドンズバのツッコミを入れてくれました。

自分たちがどこにいるのかな、とか、自分たちの事業がどこにあるのかな、とかっていうのがぱっとピンと来るって、結構センスだなと思うんですよ。

そうそう!
考えてみると意外とわかんないんですよ!

そしてさらに目からウロコが落ちたのが、その議論の流れで出た

エンジニアの人はエンジニアの中でのカルチャーにおける正義っていうのが、常に全ての組織とか全てのビジネスモデルに適用できるんじゃないか、って錯覚しがちな部分がちょっとあって、全然そうじゃないことはたくさんあるな、って思ってます。

という話です。

前述の DataSpider の話でも、僕は無意識のうちに製品開発の視点だけで話してます。「ソフトウェア技術の変遷の早さ」のくだりとか、その典型ですね。
そういうスタンスから、ついつい「環境の変化度合い」も「人材の連携度合い」も大きいんだ、だからサッカー型のチーム、フィーチャーチームこそが正義だ、みたいな結論を出しがちです。

でも、一歩引いてみれば、同じ組織の中でも、部署や仕事内容によって「環境の変化度合い」も「人材の連携度合い」も変わってくるはずなんです。
開発とマーケティングや営業、バックオフィスでも違うし、同じ製品の営業部門の中でも、「パートナー営業」と「ハイタッチ営業」とで少しずつ違ってくるでしょう。
また、それぞれの部門の中でも、DataSpider の開発の話と同じように、何を「環境」として捉えるか? どの「メタ環境」にいると認識しているのか? といったこともそれぞれ異なってくるはずです。

同じ組織内においても、エンジニアの「常識」は営業の「常識」ではないし、わたしの「常識」は(必ずしも)あなたの「常識」ではないのです。

このディスカッションから、僕は「Boarding の法則」の 4 象限モデルは、「常識」が異なることを前提として対話するために使えるということを学びました。
「正解」は(少なくともすぐに掴める位置には)なくて、「私たちって、どの位置にいるんだっけ?」「なんでその位置ってことになるんだっけ?」「部門による違いってあるんだっけ?」ということを対話するために使うわけですね。

「4 象限モデルのどこに当てはまるか」を簡単に判断できないのは必ずしもこのモデルが不完全だということではなく、むしろそのモデルの中で対話を形成していけばいいんだ、ということがわかったのは大きな発見でした。

「Aim の法則」の 3 種類の目標は、メンバーのレベルに応じて使い分ける

「Aim の法則」は、「意義目標」「成果目標」「行動目標」という 3 種類(段階)の目標で説明されます。
それぞれの目標は、以下のように説明できます。

  • 意義目標: 最も抽象的で、どう行動すればいいかはわかりにくいが工夫の余地が大きく、ブレイクスルーが起きやすい。OKR の O(Objective)にあたる。
  • 成果目標: 意義目標よりも具体的で、行動の工夫の余地もある。成果主義MBO における目標や、OKR の KR(Key Results)にあたる。
  • 行動目標: 最も具体的でわかりやすいが、ブレイクスルーはおきにくい。「きちんと挨拶をする」「忘れ物をしない」みたいな、「小学校の通信簿」に近い。

抽象のはしごを行き来する能力を鍛える

この 3 段階による目標の説明はわかりやすく、理解できます。

しかし、どの場面でどの目標を使うべきか? というのが難しいところです。
一番ブレイクスルーが起きやすい「意義目標」を目指すべきだ、と言うのは簡単ですが、結果としてうまくいかなければ意味がありません。

麻野さんからも、

与えられた成果目標と行動目標ちゃんとやるっていうこと以外、日本の学校教育ほとんどやってきていないので、もしかしたらOKRによって皆崩壊する可能性ありますよ。

というコメントもありました。

また、広木さんの

意外とMBOも『ちゃんと目標フォーカスしましょう』とか、意義でも意義目標が『世界をハッピーにする』とかだったら意義もへったくれもない

というコメントにもあるように、意義目標の「達成」以前に、意義目標を「定める」というところがまず難しいわけです。

ここでヒントになるなと僕が感じたのが、広木さんが言っていた「抽象のはしごを行き来する能力を鍛える」という話です。

そもそも「成果目標を行動目標に落とし込んだり、逆に成果目標を超えて意義のレベルで目標を設定したり、といったこと自体が容易には得がたいスキルである」という認識を持つ、ということですね。
だとしたら、どのレベルで目標設定するかはメンバーのレベルに応じて使い分ける必要があるし、ブレイクスルーを生むためにより抽象的な目標を設定するようにしていきたければ、意識的に抽象のはしごを行き来する能力を鍛える必要がある、ということになります。

ここでは、「抽象的な目標の方が創造性発揮できるからいいんだ」といっていきなり「OKR を使います。以上」とやるのではなく、「私たちの今の実力でどこまで抽象的にできるんだっけ?」「どうすれば将来より抽象的な目標設定できるようになっていけるかな?」ということに意識的になる必要がある、という気付きが得られました。

「組織の意思決定の遅さ」には 2 種類の原因がある

最後に取り上げられた「Decision の法則」では、意思決定の仕方には「独裁」「多数決」「合議」という 3 つのレベルがあって、「納得感」と「かかる時間」のトレードオフになっている、という風に説明されています。

合議がいいっていう「先入観」にまず気づく

この議論の中でまず面白いなと思ったのは、麻野さんの

そもそも僕たちの政治のシステムがやっぱり、血統によって決められた王様とか皇帝が独裁するところから、皆で決める民主の力に取り戻していくプロセスだったんで、割と『合議がいい』っていう先入観がある

というコメントです。

「納得感」と「かかる時間」のトレードオフということは理解しつつも、ついつい合議がいいって思ってしまいがちなのは、たしかにそういう先入観というかバイアスがかかっている可能性もあるので意識的になりたいなと思いました。

『THE TEAM』の「チーム」は 3~10 人を想定して書かれている

それから「そうだったんだ」と得心がいったのは、麻野さんの

『THE TEAM』そのものは3人〜10人くらいのチームってのを完全に想定して書いた

というコメントでした。

『THE TEAM』を読んでいて、どの「法則」を取ってみても、この「チーム」っていわゆるチーム(数人程度)のことを言ってる? 数百名を超える会社組織も「チーム」として捉えてる? ということがよくわからなくて、モヤモヤしてたんですね。(もしかしたら書いてあって、読み落としていたのかもしれませんが……)

そこがこのコメントですっきりしました。

そして広木さんが言っていたように、1000 人の組織では、全部トップが「独裁」で決めるよりも、むしろ権限委譲して、下の階層で決める方が早い(「かかる時間」が短い)ということも起きうる。

ここがうまくいっていなくて、何でも上層部で決める、しかも「合議」で、みたいなのが最悪のパターンですね。もうとにかくめちゃくちゃ遅い。すると、組織が腐っていく。
ここには実は、2 種類の問題があるわけです。

  1. 権限委譲ができていないので何でも「上の階層」で決めることになり、下の階層から見て、意思決定が遅くなるという問題
  2. 何でも「合議」で決めるので、その「上の階層」内での意思決定そのものも遅くなるという問題

組織の意思決定が遅い、というとき、この 1 と 2 どちらが主な原因なんだっけ? ということを考えることは、課題解決へのヒントの一つになるように思います。

9 割 No でも元気になる

最後にもう一つめちゃくちゃ面白いなと思った話が、麻野さんの次のコメントです。(少し長いですが引用、強調は筆者)

僕が再生ファンドの人に聞いた話でいうと、腐ってる会社どうやったら組織とかチームとか変えれるかっていうと、社内で生きのいい中間管理職を10人集めて、でファンドの横に社長座らせて、(中間管理職たちに)提案させるらしいんですよ。一人一個ずつ。その場のルールは一個だけで、この場で必ず Yes or No 言ってね。全部にこの場で Yes or No と言わないとあなたもう社長には置いておかないと言うらしいんですよ。
で、提案して、『No』、『うーんNo』とか『Yes、いやNo』みたいにいうと、めちゃくちゃ中間管理職元気になるらしいんですよ。9割が No でも。なんでかっていうと、腐ってる会社って、何を提案しても Yes か No かわからないくらいの反応でずーっと放っておかれるって会社が腐っていくらしいんですよね。
そうすると、そうやってやらせれば『あ、この会社なんか言ったら決まるんだ』って。『やらないってことが決まるんだ』みたいな。

面白くないですか。
9 割 No でも元気になるって。

ある程度健全な組織ではさすがにこれほどのことはないと思うんですが、ある程度不健全な組織では、本当にこういうことってあるんだろうなというのも理解できます。
なお、対策としては意思決定者にサイコロを渡すソリューションが提案されていました。冗談として笑。でも、あると思います。そうすれば、少なくとも前述の 2 種類の原因のうち、2 つめの「意思決定そのものも遅くなる」の方は解決するというわけです。そして、サイコロで決めるくらいなら、下の階層で決めてもらう方がいいんじゃないか、ということになるので、1 つめの「権限委譲ができていない」問題も解決に向かいますね :)

まとめ

内容については以上です。

まとめると、今回のパネルディスカッションで僕が個人的に特に面白いと思ったのは以下の 3 点でした。

  • 「Boarding の法則」の 4 象限モデルを含め、『THE TEAM』の内容は、組織内でも「常識」が異なることを前提として、対話するためのツールとして使える
  • 「意義目標」「成果目標」「行動目標」の 3 段階は、どんなときでも「意義目標」を目指せばいいというものでもなく、メンバーのレベルに応じた使い分けや、目標間を行き来できるようになるための意識的なトレーニングが必要
  • 「組織の意思決定の遅さ」の原因は、「権限委譲の不足」と「合議のやりすぎ」の大きく 2 種類に分けることができる

本を読んでなかなか得心のいっていなかったところに一段階深い理解を得られて、参加した甲斐のあったイベントでした。

パネルディスカッションのあとには懇親会があり、他の参加者の方からも面白いお話を聞くことができました。

主催および会場提供のリンクアンドモチベーションさん、広木さんと松岡さんが所属されているレクターさん、ありがとうございました!