この国では犬が

本と芝居とソフトウェア

12 月短歌

新年初月も終わりが近づいていますが、旧年 12 月の短歌です。

本来短歌は単体で提示すべき、なのかもしれませんが、コメントをつけてみる試みをします。

  • いぬのある世界といぬのない世界 いぬのある世界の方がいい

いぬが必殺エモーションワードなので、いぬさえ入ってればなんでもうたになると考えているフシがあります。よくない。

  • 爪に色を塗っているおんなのひとをかわいいなあとおもってしまう

おもってしまって何となくくやしい気持ちです。ちなみに、黒かった。

  • せせり出す人身事故の四文字はさみしいさみしいさみしい夜だ

発車時刻とかを出す電光掲示板に「人」「身」「事」「故」(「のため……」)と出てきて、あれは、ほんとうにさみしかった。


短歌熱がなんとなく冷めがちで、それは寒いからというより、他のひとと交流していないからかな、という気がしていて、でも月に 3 首しか作らない(しかも、いぬがどうとか)人間がほんとうに短歌なのか、みたいなことを思うと歌会とか結社とかそういうのにもなかなか足が伸びない、そういうこの頃です。

11 月短歌

11 月はなんだかあっという間で、ほとんどまばたきしている間に過ぎていったようでした。

  • 冬の夜の上野公園は広い みいんな死んでいるんじゃないか
  • ここにいてありとあらゆるものすべてただ(かわいい)と思ってしまう
  • 秋深き熟成メロンパンの食べかけにメロンは入ってません
  • いまここに出でよ世界のはじまりとハーフボイルド・ワンダー納戸
  • むむむむむ急にかなしくなってきたどうしてここにいるんだろうか
  • 何食べる?ざりがに?ざりがにじゃなきゃ何?うさぎ?うさぎは食べられないよ。
  • いぬ vs. いぬ以外の決戦にわたしは勝った わたしは勝った
  • 雨はもうやんでいるのに軒下のつがいは傘をわけあっている


そうかと思えば 11 月はじめ頃のできごとがなんだか遠い昔のことのようでもあって、混乱してしまいます。

10 月短歌

秋が通り過ぎてゆきます。


  • あの頃は世界を愛していなかった それが千一日前のこと

  • 「そうだねえ、ほんとにそうだ。そう思う。そうだと思う。そうなんだよね。」

  • うたようたようたの故郷は白い月 星と街の灯 かもめよかもめ

  • ベッドで飲む夜のコーヒーはあまい 冬の匂いはそう遠くない


そう遠くない。

ひとひら言葉帳について

ひとひら言葉帳という Twitter アカウントがあります。

このひとは脇目も振らずにひたすら延々と「うつくしいことば」を紹介し続けてくれるひとです。

bot とは言いながら、季節に応じて流れる言葉が移り変わっていくのも素敵です。
日ごろタイムラインがすさみがちな人などは、これをフォローすることで心を穏やかにする効用が期待されます。

このひとひら言葉帳がきっかけで知った詩人や歌人というのが何人もいるので、このエントリではそのあたりをご紹介します。

長田弘

長田弘は、詩人です。

僕はこの「最初の質問」がいたく気に入りすぎて、「最初の質問」が入っている「長田弘詩集」を買ったのを皮切りに、彼の詩集を買い集めています。今数えたら 7 冊ありました。

長田弘詩集 (ハルキ文庫)

長田弘詩集 (ハルキ文庫)

みすず書房から出ているシリーズは、装丁が美しい。

われら新鮮な旅人――definitive edition

われら新鮮な旅人――definitive edition

余談ですが、「われら新鮮な旅人」は、元 Google(本社)副社長の村上憲郎さんが好んで使っているフレーズ「我らいつも新鮮な旅人、遠くまで行くんだ!」の元ネタですね。

エッセイもよいです。

ねこに未来はない (角川文庫 緑 409-2)

ねこに未来はない (角川文庫 緑 409-2)

「最初の質問」は絵本も出ているようなので、そのうち買おうと思っています。

東直子

東直子は、歌人です。

この「十階」というちょっと不思議なタイトルが気になっていたのですが、何のことはない、マンションの「十階」のことでした。

十階―短歌日記2007

十階―短歌日記2007

このふらんす堂のシリーズもまた、装丁が美しい。
表紙の写真だけだとわかりませんが、なんというか、本全体が丸みを帯びたやわらかい装丁です。書店で手にとってみることをおすすめします。

『十階』は、一年三百六十五日、毎日一首ずつの短歌と短文で日記をつけたような形の歌集で、もちろん歌もよいです。

また、『十階』に収録されているわけではないのですが、東直子はなんといっても、穂村弘も絶賛していた次の一首がすばらしい。

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て

何度読んでもぞくりとします。

穂村弘

穂村弘も、歌人です。
というかこの先ずっと歌人です。

穂村弘という人は歌もよいし、エッセイも面白くて、だいぶ有名な歌人みたいなのですが、僕はちょっと変なところから入っています。

いやいや東直子じゃないか……という感じですが、実はこの『回転ドアは、順番に』というのは穂村弘東直子の往復書簡?往復短歌?形式の作品で、穂村弘パートが半分、東直子パートが半分、というつくりになっています。

というわけで、僕はこの作品で穂村弘を知りました。

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

実際のところ穂村パートも東パートもものすごくよくて、下手な恋愛小説より数百倍熱いです。うかつに読むとやけどします。喫茶店で読んでたら最後泣けまくって大変でした。たぶんもう一回読んでも泣く気がします。うちでこっそり読むことをおすすめします。

穂村弘は歌集も良いし、エッセイも笑えて、かつ身につまされます。特にエッセイはいっぱい出ているので、読めども尽きない感じなのがよいです。

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi

もしもし、運命の人ですか。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

もしもし、運命の人ですか。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

僕は、短歌のつくり方も、だいたいこの人の本で学んでいます。

はじめての短歌

はじめての短歌

斉藤斎藤

斉藤斎藤といういかにも不思議な名前の人のことは、この歌で知りました。

ド直球!
こういうのずるいぜ……と思います。

目下唯一の歌集『渡辺のわたし』は、次のページで買えます。

村上きわみ

村上きわみという人のことをどうやって知ったのかは残念ながらもう思い出せないのですが、たとえばこの歌とか、よいですね。

これも。

これの本歌取りなのかしら……とか思ったりしますが。

そうかといって、この歌がめちゃくちゃ有名ってわけでもないだろうから、こういう時は本歌取りとは言わないのかな。

歌集を買ってみたところ、ちょっと昔の作品ということもあってか、近ごろの作風よりもだいぶ尖った感じで、また面白かったです。

Fish ― 村上きわみ短歌集

Fish ― 村上きわみ短歌集

笹井宏之

最後に、このひとは実はひとひら言葉帳で知ったわけではないのですが、笹井宏之。

このひとを知ったのは、『八月のフルート奏者』というタイトルの歌集をジュンク堂で見かけて、なんとなく買ってみたのがきっかけでした。

八月のフルート奏者 (新鋭短歌シリーズ4)

八月のフルート奏者 (新鋭短歌シリーズ4)

なんか紹介した歌からは伝わらない気もしますが、基本的には、日常の素直なスケッチが気持ちのよいひとです。
亡くなってしまったというのが惜しい……。

まとめ

というわけで、ひとひら言葉帳はよいことばと、その作者に出会わせてくれるよいアカウントです。
よいことばと、その作者に出会いたい向きはフォローされるとよいかと思います。

9 月短歌

秋です。

最近二十ウン年生きてきてはじめて金木犀の匂いを認知したことが嬉しすぎて、毎日二軒隣の家の生け垣のところまで行ってフンフンして帰ってくるという犬みたいなことをしています。(本物の犬はたぶんそんなことしない)

  • いぬといぬ以外との違いを見抜く眼を持つ人に生まれたかった

  • 風と樹と海と家の灯とを全部重ね合わせたような夜だよ


でも金木犀の歌とかはないです。

秋みたいなものを歌にしようとするとかえって難しいですよね。
「秋だよ。よかったねえ。以上」で全部伝わるっしょ、的な……。